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2002年冬休み



2002年12月20日(金曜日の夜):仕事が終わってから家に帰って、今準備で大変だよ:最後になって買物に行ったり洗濯したり掃除したりしている。夜の2時にやっと寝る。


土曜日の朝の8時に起きる。大阪は雨で5度でうっとうしい天気だ。

色んな用事で忙しくて結局11時ごろ洋服をリュックサックに詰め始める!12時に駅に行って、京阪電車とモノレールに乗って伊丹空港に着く。すぐにチェッ クインをする。荷物のセキュリティーチェックの若い女性が「ライターとスプレーカンを見せていただけませんか?」と質問したので、僕はリュックサックの 中を笑顔で探して、それらを見せる。彼女は「Thank you for your kind」と言ったが、僕は「「Thank you for your kindness」が文法的に正しいですよ!」と答える。職業病だ!チェックインはびっくりするほど速い。


飛行機はちょっと揺れていたけど羽田空港までのフライトはわりと短かった。東京も寒くて、雨だ。すぐにリムジンバスに乗り込む。「へえ?!外国人は多い なぁ!ほとんど皆男性で髪の毛は非常に短い」と思いながら、そうだ!先ほど沖縄からの飛行機が着陸した。皆、アメリカの軍人だ!ここは日本なのに他の国の 軍人がいるってフランス人には信じられない!


雨のせいで羽田空港から成田国際空港まで1時間半以上かかた。成田空港に着くや否やまたチェックインする。税関を通って、D96 ゲートの待合室に行く。 やっと暇な時間が出来たので、寝屋川のパン屋さんで買ったパンをひと口で食べる。今日の昼ご飯は夕方の6時に食べた!

Air Pacific の Boeing 767機に入った時すぐに南太平洋の雰囲気がした。フィジーの音楽が流れていて、スチュワーデス達が耳にきれいなインドソケイの花をつけている。ワァー!すごい!

30分遅れて離陸した。飛行時間は8時間20分で日本とフィジーの時差は3時間だ。フライトは長く感じなかった。日曜日の朝7時45分にナンディー国際空港に着陸した。



WELCOME TO FIJI !


日本は5度、雨だったけどフィジーは晴れ、26度だ!僕はやっとフィジーにいると実感出来た。嬉しくて信じられない!だって、ヨーロッパから見たら地球の 反対じゃないか?フィジーは熱帯の島で、パラダイスなイメージがある。ヨーロッパ人が皆、フィジーに行くことに憧れている。 12年前に僕はニュージーランドからハワイへ行く間にこの空港に2時間いた。でもその時島に滞在しなかった。

税関を通って、リュックサックを取って、ANZ 銀行で円をフィジードルに交換する。じゃあ、具体的に今からどうしよう?今年の5月から非常に忙しかったから、11月に買った Lonely Planet をまだ読んでいない。

そこのツーリストオフィスに行ってみるか?女性は優しくて丁寧に色んなホテルについて説明をして、僕が選んだホテルに電話してくれた。20分後に僕が乗っ ているタクシーはホテルの前で止まる。ホテルは空港とナンディーの間の郊外にある。ホテルとレストランが何軒も並んでいる。道路の側と庭に熱帯の花と木が あってきれいだ。今すごく眠い。最初の夜だからちょっと中流のホテルを選んだ。受付の女性は僕が書いた住所を見て「Do you live in Japan? My husband is Japanese!」。お互いにびっくりした!ホテルのオーナーは日本人だ!

午前11時から午後5時ごろまで寝た。起きてから Lonely Planet を読み始める。あちこち行きたいなァ!観光地のチョイスが多すぎて選べない... また寝る。 次の日、長い夜の後で9時半頃に起きて、また Lonely Planet を読んでも、次の目的地を選べない。あぁ、しんどい。結局もう一泊払って同じホテルに泊まる。夕方までずっと寝る。長い昼寝から起きた時ホテルの受付に 行って、日本語でオーナーと話す。


「空港にある旅行会社に電話しましょうか?」と提案されて「彼らと話したらいい考えが出るに違いない」と言う。旅行会社の店長が車でホテルまで迎えに来て くれて旅行会社に行く。「僕はこうしたい、こういう場所に行きたい、こういう事に興味がない」等などと言うと、店長はパンフレットを見せてくれる。僕はよ さそうな島を選ぶと店長がリゾートに電話して予約してくれる。いきいきとホテルに帰る。明日から本当の旅行が始まるぞ!




フィジーという国には300島もある。観光客にはママヌカ諸島とヤサワ諸島が一番人気がある。僕が選んだ小さな島はヤサワ諸島にある。11時にホテルに迎 えに来た車に乗って、ロトカ市の港に行く。1時間待って1時にリゾートの船が出発する。船は14人で満員で、その内フィジー人は12人。ワヤライライ島ま で1時間半かかる。船は小さくて波はちょっと多かったので、着いた時ズボンは完全に濡れていた!小さな船だけど島の近くの海は浅いから、沖に投錨する。 もっと小さなボートが近づいて来て乗客と積荷をそのボートに乗せる。浜辺の方に行って、最後の数メートルは皆裸足で海を歩かなければならない。ワヤライラ イ島はとても小さな島で桟橋がない。


ワヤライライ島には道路がないから車も自転車もない。電気もない。うるさいマリンスポーツもない。共同のシャワーがあるけどお湯が出ない。電話線は一本し かない。僕が探していた天国かな?お店もないから食事付きのホステルになっている。一泊3食は40フィジードル(2500円)。着いた時2泊しか払わなかったが、気に入って結局一週間滞在した。

犬3匹とニワトリとひよこがリゾートを時々回ってくる。他のリゾートと違ってそのリゾー トはワヤライライ島に住んでいるフィジー人の経営で、支払われるリゾート代は全部隣の村のために役立てられる(学校を建てたり、学校の図書館に本を買った り、水道のパイプを整備したりするためだ)。リゾートで働いている人々は皆隣の村の人だ。


全ての観光客は(30人ぐらいまで泊まれる)地球を歩いている若者、つまりバックパッカーズだ。2日前に北半球から来た真っ白の僕は他の日焼けしたバック パッカーズの中で目立つよ。6年半前に離れたバックパッカーズの世界に戻って、この上なく満足だ。滞在している若者がほとんど皆自分の国の仕事を辞めてか ら地球を半年、1年間、2年間歩いている。全ての会話は旅行を中心として、バックパッカーズは皆同じ趣味、同じライフスタイル、同じ経験、同じ悩み(次に どこに行くかな?)を持っている。5分話したら、昔からの友人のようになる。僕は水を得た魚のようだ。バックパッカーズの世界はかげりのない幸福だ。言葉 で言えないけど皆と一緒にいるとすごく居心地がいい。




ブゥー、ブゥー、ブゥー... 一人のフィジー人が大きい貝を吹いている。ご飯の合図だよ!段々皆熱帯の植物の見える庭に面しているベランダに集まって、 小さなグループでテーブルに座って、村の女性が作ってくれたフィジー料理を食べる。他のバックパッカーズと同じテーブルで食べるから、一人で旅行をしてい る人もたくさんの人と会話が簡単に始められる。いい方法だな!今週ワヤライライ島のリゾートにいるバックパッカーズはほとんど皆ヨーロッパから来た人だ: イギリス人やデンマーク人やスイス人やオランダ人やオーストリア人だ。カナダ人、アメリカに住んでいるニュージーランド人もいる。フランス人は4人だよ。


ある夜:僕が座っている机で3人のイギリス人と2時間前からずっと話している。久しぶりにこらえられない大笑いをしている。サイモンは自分の経験を話すのが上手だ!突然犬がテーブルの上に飛び上がって私達の間で寝る。テーブルで寝るなんて!食事が終わっていてよかった!

今、日本に住んでいるから会話の時誤解されないように言わなければならない瞬間が必ずある。その時皆はすごく興味を持ってたくさんの質問をする。やっぱりヨーロッパ人にとって日本は遠いし、神秘的な国だ。

一週間滞在って毎日何をするか?何もしないよ!朝8時半に起きてブゥー、ブゥー、ブゥーを聞いて朝ご飯を食べに行って、その後もう少しベッドに横になっ て、本を読んで、昼ご飯を食べて、昼寝して、ビーチを歩いて、サンセットを見て、晩御飯が終わってからベランダで他のバックパッカーズと話す。一週間が アッという間に終っちゃったよ。


そうやな...書いたばかりの文章はちょっと誇張しているかな?実際はワヤライライ島のいいところは昔からフィジー人の村がある事だ。だから毎日フィジー文化を知るためにたくさんのイベントがある。僕はせっかくこの南太平洋まで来たから、いくつかのイベントに参加したい。


今日のハイキング・コースはリゾートを背景にしている山の山頂までのコースだ。 5人(イギリス人2人、デンマーク人1人、カナダ人1人と僕)が暑い太陽の下で歩き出す。往復で1時間半かかるらしい。フィジー人のガイドさんは裸足であ ちこちの火山岩を登って、木にもそのまま登る。途中で色んな果物を取ってくれる。普段はコウモリが食べるフルーツも美味しい。名前はフィジーアップルで、 味はりんごに近い。今食べているバナナは今まで味わったことがない香りだ。グアバも味わう。山頂からの眺めは本当に素晴らしい。諸島の島々の海は青くて透 明だ。ワァー!


大きいフィジー人の女性の指示に従って、苦労してココヤシの葉っぱで今バスケットを編んでいる。三つ作るつもりだったが、段々指示が減って最後のモノはバスケットか、リュックサックか、花瓶か、近代美術品か、分からなくなってしまう!(笑)
一緒にレッスンを受けているデンマーク人のバスケットも段々変な形になってしまう。でもこのレッスンは面白い。




今日、村に行く8人は、まずボートに乗って、15分航行して、同じ島のちょっと離れた所に行く。学校やサッカー競技場がある100人ぐらい住んでいる村に 入る。出会う人々は皆笑顔で「ブラ!」と言ってくれる。「ブラ」の意味は「こんにちは」とか「ようこそ!」とか「乾杯」などだ。石材で建てられている家も 何軒もあるけど、大半の家は伝統的な「ブレ」で、ココヤシの葉っぱの屋根と壁で、貧しく感じる。村の女性は完璧な英語で村を案内してくれる。村の全面積は そんなに広くない。女性は皆料理で忙しい。明日、日曜日だから料理さえしないんだって!今日で明日の料理を全てしなければならない。日曜日に何もしない民 族はフランス人だけじゃない!(笑)

今から、私達8人のためにフィジー式の Welcome Party が行われる。

今、村の真中にある広場の地面に座っている。年を取っている村長と仲間達が私達の前に座りに来る。カヴァの儀式が始まる。丸くて大きい木のボウルの中にお 水を入れる。それから大きい靴下みたいな布の中にパウダーを入れて(乾いている植物の根)、ボウルの中でゆっくりとお水と混ぜる。お水は泥色になって、全 然美味しくない感じがする。村長が大きい手で布を握り締めて、混ぜて、また水に入れて握り締める。やっと横に布を置いてフィジー語で文章を言う。ボウルの 上で腕を回している。今は21世紀で観光客のためのイベントだと分かっているのに、その南太平洋の島で年取った真っ黒な男の前にいるとちょっと神経質にな るよ。500年前にトマス・クックのように初めてそういう文化にふれた探検家はやっぱりちょっと困っただろうね!村長の後順番に皆ココヤシの実でカヴァを 飲む。1回手を打って、「ブラ」と言って、一気にカヴァを飲んで、3回手を打って、地面にココヤシの実を置く。美味しくない!いや!8人の観光客の中に女 性が3人いる。全ての男性が飲んでから女性が飲み始める。

今、私達のためにフィジーの音楽と踊りの準備を行っている。14人がフィジーの伝統的な衣装を着て男性は音楽を演奏していて、女性は踊っている。ココヤシの葉っぱで作っているうちわの踊りは楽しい。次に男性は戦争 の踊りをする。槍を握ったぎこちないしぐさの踊りだ。僕は「普段住んでいる世界と、今、全く関係がない世界にいる!」という気がした。




日曜日の朝:村の教会に行っている。村の人々は皆一番きれいな洋服を着て、特に子供が可愛い。フィジー語のミサは分からない。聖歌はわりと多い。南太平洋 風の聖歌を聴くために教会に来た。時々真面目にミサを聞かない子供はあるおばあさんにしっかり叱られる!僕は静かにミサと聖歌を聴いていたので大丈夫だっ た。(笑)




フィジーにいるバックパッカーズは世界一周をしている。イギリス人のサイモンはアフリカ大陸の南部を回って、東南アジア経由でフィジーに来た。その後 L.A. 経由で南米に行くつもりだ。彼に幾つかの場所を勧めた。他のイギリス人はオーストラリアとニュージーランドで何か月間(何年間か?)滞在して、北アメリカ 大陸に行く途中でフィジーでのんびりしている。ほとんど皆スケジュールの限定なしで東南アジア、オセアニアとアメリカ大陸を回っている。皆と話していると 僕がオーストラリアとニュージーランドに行った時の思い出が頭に戻って来る。


ワヤライライ島はとてもいいけど、いつか離れなければならない。C'est la vie ! 一週間滞在してのんびりしてとうとう出発の日だ。今日海はちょっと荒い。ナンシー(カナダ人の女性)、ジャスパー(サモア島に住んでいるデンマーク人の男 性)、マティユー(ポーランドに住んでいたフランス人の男性)と僕の4人が今日ワヤライライ島を離れる。皆同意した:ワヤライライ島の雰囲気は素晴らし い。でも決まっている食事の時間はちょっとイヤだ。それにビーチは普通だ(やっぱりバックパッカーズは世界の各国に行って、地球の一番きれいな場所を訪ね て、気難しくなっているんだよね!...)。寝室もかなり質素な部屋で全然きれいじゃない。(私達の間でワヤライライ・リゾートの部屋のニックネームは独 房だった!)。でもきれいな熱帯の庭、素晴らしい雰囲気、面白いイベント、フィジー人の優しさでいい思い出になるだろう。


ロトカ市のバスターミナルでまた4人が会う。僕はナナヌイラ島に行くつもりだ。マティユーも同じだ!その結果国立公園に行きたかったナンシーとジャスパー は考えを変えて4人でラキラキ市に行くバスに乗る。ロトカ市からラキラキ市までは2時間強かかる。最初に砂糖きび畑だけで、段々牛と馬がいる牧場が見えて 来る。バスにエアコンがもちろんないし、すごく混んでいる。ラジオの音楽はうるさい。フィジーの人口は77万人で人口の45%はインド人だ。フィジーはイ ギリスの植民地の時砂糖きび畑と鉱山の労働者として必要とされた。多くのインド人が移住して来た。今バスに乗っている人の半分はフィジー人、半分はインド 人の子孫だ。僕の右側に座っている若い男性はインド人の顔をしている。色んなことを話して、彼は次の町の近くにある鉱山で働いていることが分かった。優し い人だけど彼の人生は苦労が多いだろう。可愛そう。

私達はラキラキ市に着くや否や、男性が近づいて来て「ナナヌイラ島に行くの?」と聞いた。私達は「そうですよ」と答えた。ラキラキ市に来る外国人は皆ナナ ヌイラ島に行くらしい。すぐに私達4人はタクシーに乗り、15分で小さな桟橋に着く。小さなボートを待っていた。ナナヌイラ島までは15分ぐらいかかる。




ワァー!きれい!探していた南太平洋の島だ!桟橋もある!贅沢やなぁ。フィローが私達を迎えに来ている。40年代の女性できれいなハイビスカス柄の服を着 ている。笑顔で「ブラ!」と言って、ビーチバーでリゾートの説明をしてくれる。私達は4人だから、4人部屋まで案内してくれる。大きい庭の中に6軒の現代 的な家がある。やや広い家に台所と浴室も付いている。お湯が出ないけど、暑いので要らない。

リュックサックを置いてからすぐにビーチに行く。ココヤシは海上に突き出ているし、静かな湾はきれいだ。砂は真っ白で海は透明だ。パラダイス!




僕がフィジーにいた間は毎日28〜30度で晴れていた。今日だけ(12月31日)フィジーの東部にあるハリケーンのせいで雨だ!大晦日に6人の仲間はレストランでパーティーをする:昨日僕と一緒に来た3人と今 日到着したフランス人の2人。フランス人が多いなぁ!ノルマンディー地方に住んでいるフランシスとローランスも先日ワヤライライ島にいた。フランシスは2 年間スペインに住んだことがある。ローランスと3ヶ月ニュージーランドの農家でホームステイして、今フィジーを回って、次にタイに行くつもりだそうだ。

大晦日の夕食にしてはちょっと早過ぎるんじゃないか?:7時に出されるんだって!私達は7時半にレストランに行って、色んなフィジーフードを食べる:鶏 肉、ココナツミルクに浮いている魚、ソーセージ、現地の野菜:ブレッドフルーツ、テロー、カサヴァなど。デザートはトロピカルフルーツののったアイスク リームだ。美味しい。その後カヴァ・ドリンクもある。なくてもいいのに!(笑)。6人の会話は楽しい。話題は?旅行だよ!真夜中の12時に島にいる20人 の観光客と5〜6人のフィジー人は皆キスして「Happy New Year」と言う。朝の1時に家に帰って寝る。




フィジーに来てから10日になる。汚い服が溜まっているから、受付に行って:
僕:「服を洗って欲しいんですが...」
フィロー:「多いですか?」
僕:「タオル、Tシャツ、下着、靴下、ハンカチ、色々ありますが...」
フィロー:「いいですよ。えっと、いくら払いたいですか?」
僕:「え?!...」
フィロー:「7ドル、いいですか?」
僕:ちょっと考えてから「いいですよ」
家へ服を取りに行った。渡した時フィローは「7ドルはちょっと高いわ。5ドルにしましょう!」
フィジーは面白い!


ビーチ・レストランにはピザとバーガーしかない。 フィローは優しい人だけど、すごくゆっくりした性格で、(僕よりゆっくりした性格かな?)(笑)レストランでピザを注文すると、1時間半待たされる!最初 の日はびっくりしたけど、段々慣れて来て、今お腹が空いていない時にピザを頼んでおく。頼んでビーチに戻って、1時間以上本を読む。その後フィローはビー チに来て「ピザが出来ましたよ!」と叫ぶ。友達と野外のレストランに行く。フィローが作るピザは美味しくて、一週間に5回も食べたよ!


泊まっている家からビーチまで100メートルしかない。レストラン・バーはビーチのすぐ側だし、庭に芝生があるし、ビーチの砂は軟らかいから、僕は毎日ずっとショートパンツに裸足だ。
今日久しぶりに海で泳いだよ!フランシスとローランスはスノーケリングをした。魚とサンゴは素晴らしそう...フランシスは海がめも見た。
ある夜ビーチ・レストランで皆と話していた。突然大きなカニが床を横断した!


ナナヌイラ島で皆一日中何をしているか?朝から夕方まで皆ビーチパラソルの下で本を読むよ。読んだり、泳いだり、昼寝したり、食べたり、友達と話したりし て、一日がアッという間に終わるよ!やっぱり僕のヴァカンスのスタイルはフランス人のスタイルではなくて、欧米人のライフ・スタイルなんだよ!

日本人は「イヤ!一週間何〜にもしないなんて退屈やなぁ!」とよく言うんだけど、ヨーロッパ人にとって一番贅沢な過ごし方だ。何もしないと心は本当に落ち着く。

結局、僕はナナヌイラ島に一週間滞在した。フランシスとローランスも一週間滞在した。ナンシーとジャスパーは3日間だけだった。マティユーは5日間。リ ゾートにいる他の人はニュージーランドからの家族(6人)、アメリカ人のカップル、ドイツ人の女性、イギリス人の男性とオーストラリアの女性。皆は優しい し、皆が皆と話した。すごく楽しい週だった。


ナナヌイラ島を出る時「同じ場所に一週間は短いな」と思った。もっと長い時間いたかったけど、もう1月6日だよ。フィジーを出る前に是非山の方に行きた い。昨日マティユーはナンディーに行ってしまった。今月末にメキシコに行くだろう。メキシコか...僕もまた行きたいなぁ!明日フランシスとローランスは スヴァ(フィジーの首都)に行く。僕は一人で現地のバスに乗って、バ市経由でナヴァラに行く。実際は昨日ナヴァラに行きたかったけど、昨日は日曜日だっ た。フィジーでは日曜日に山の奥の村に行くのはだめだって!村長が怒るって!だから今日にした。バ市の郵便局、スーパー、市場に行ってから、賑やかなバス ターミナルのベンチに座っていた(またベンチ!)。突然大きなフィジー・ママが僕に近づいて来て、「Are you Thierry?」と聞いた。
「Yes、私です!」
今朝ナナヌイラ島から今晩泊まろうとしているホステルに電話した。「今日、山から市場に行きますから、帰りは一緒にバスに乗りましょう」とママは言ってくれた。今バスターミナルに外国人が一人しかいない!僕を見つけるのは難しくなかった...


5時にバスはバスターミナルを出る。ちょっと走ったら、道路のアスファルトが終わる。古いバスは登り坂の時、時速5キロに過ぎないと思う。乗客はいっぱい で、何もない場所でも人が降りたり、乗ったりする。僕以外は皆フィジー人だ。バスは埃を舞い上げている。26キロ走るのに1時間半かかる。切符は130円 ぐらいだ。ナヴァラに着くや否や、ママとホステルに行く。今晩ロッジに泊まる人は僕だけだ。歓迎の意を表すためにまたカヴァの儀式が行われる。その後、ホ ステルのオーナーの台所に行って、キリスト教に従って手を合わせてお祈りをする!ママが作った料理は美味しい。本当のフィジー家庭料理だ。見た事がなかっ た野菜は多いし、ソーセージの入った野菜のグラタンもある。デザートは庭のバナナ、パイナップル、パパヤとマンゴだ。飲み物は庭のライムで作ったジュース だ。簡単な料理だけど味も部屋の雰囲気も申し分ない。山の村にも電気がないから、石油ランプでしばらく話して、10時ごろ寝る。




水曜日の朝:ママと村に行って来る!まず学校と教会に行く。今週休みだから、学校に誰もいない。教会の横でママは「あら!見てこれ!」。地面に羊の毛みた いな白いモノがある。ママは喜んで持っていたプラスチックバッグがいっぱいになるまでたくさん一生懸命拾う。僕は「何ですか?」と聞いた。「この木の実で すよ。触って!洗ったら、枕や座布団などの詰め物に使えますよ」。柔らかくて軽い木綿だった。



村の人口は800人ぐらいだ。たくさんの伝統的な「ブレ」が並んでいる。あちこちにある小さな「ブレ」はお手洗いだ!
あるブレの前に大勢の人が集まっている。村長は演説をしたいんだって。しばらくの間、私達は並んでいるブレの間を歩いている。子供が遊んでいて、女性が食 事の準備をしている。ブレは全部木造だから、家の中で炊事が出来ない。だから全てのキッチンは外にある。村は緩やかな斜面に建てられている。斜面のふもと に川が流れている。段々私達は川の方に行く。「このブレは義理の姉妹の家です」とママは言って、ノックなしでブレに入る。僕は後について入る。部屋は一つ しかない。広い部屋。角にベッドがあって、反対の角に小さな物入れがある。家具はそれだけだ。地面に木の葉っぱで編んでいる床が広がっている。突然義理の 姉妹が入って来て、笑顔で挨拶して、床に腹ばいになる。ママも腹ばいになって、フィジー語で 30分ぐらい話す。フィジー語はちんぷんかんぷん!

その後、義理の姉妹は野外の台所からお皿を持って来てくれる。「うちの庭で取れたテローです」 (テローはフィジーの野菜の名前)。手を洗うためにコップにお水を持ってきてくれた。テローは温かくて美味しい。ジャガイモに近い味だ。
その後一緒に川の方に行く。馬に乗っている男性が通り過ぎる「ブラ!」。子供達が川で遊んでいる。

1時ごろにホステル・ロッジに帰って、今朝着いたオランダ人のカップルと食事する。食べる前に祈りが始まった時、オランダ人の女性はちょっと変な顔をして、居心地が悪くなったようだ。僕もオランダ人も慣れていない!アーメン。
食事の後で、ベランダでのんびりした。ロッジのオーナーはそんなにお金持ちではないと思って、昨日バスに乗る前にバ市のスーパーで色んな缶詰とチェダーチーズを買った。渡した時ママは大喜びでキスをしてくれた!

3時ごろに僕は一人でまた川に行く。川を渡って、反対側の道を歩く。暑い!45分ぐらい歩いて、遠くから村の写真を撮る。途中で出会った6人の子供が同行 している。彼らは何歳かな?8から12歳ぐらいかな?英語がかなり上手だ。村の下に流れている川に戻った時、岩に座った。2時間後の今でも同じ岩に座っている。村の人々の生活を観察し ている。川の上流で魚を釣る人がいる。もう少し下流で服を洗う女性がいて、さらに下流で髪の毛と体を洗っている人がいる。畑に行く人も畑から帰る人も皆川 の側に座っている僕に笑顔で挨拶と短い会話をする。「What's your name?」、「Where are you from?」、「Where are you staying?」、「How many days are you staying here?」。
今日全部で50回以上挨拶したと思う。楽しい時間だった。




夕方に、3人の観光客のためにまたカヴァ儀式が行われる。ロッジの男性達はツーリストがいる口実で飲むんじゃないかな?今晩ロッジに村長もいる。僕がバ市 の市場で買った”ヤグナ”を彼にプレゼントした。フィジーの文化では山の奥の村に行く時は村長に”ヤグナ”の贈物をしなければならない(”ヤグナ”はカ ヴァドリンクの材料だ)。僕は村長の左手に座っているから村長の後でカヴァを飲む。敬意を表すために村長がカヴァを飲む度に僕は大きい声で「ブラ」と言 う。彼が飲んで、床に器(ココナツの半分)を置く時、僕は3回手を打つ。
晩御飯は相変わらず美味しい。手作りのライム・ジュースは3人でアッという間に飲んでしまう。




1月8日(木):今日...ちょっと待ってよ!あぁそっか!私の休みの最後の日だ。(涙)
バ市に行くバスは一日に3台しかない。出発時間は朝の6時、朝の7時半、午後の1時半。6時は絶対無理だ!7時半は...やっぱり無理だ!じゃあ、1時半のバスに乗ろう!また川に行って同じ川岸に2時間半座った。
座っている間に何十回も挨拶する。時々昨日会った人に再び会う。「ブラ、ティエリー!」。びっくりしたよ!僕の名前を覚えていてくれた!

釣りをしていた女性は近づいて来て「ブラ!」、数分間話して「じゃあ、釣りのために森へミミズを探しに行くわ」と言って、行ってしまう。
しばらく経って、他の女性は「ブラ!料理のために香草を取りに行くわ...」
あら!昨日一緒に散歩した子供達もやってくる!「ブラ!」皆僕の周りに座る。フィジー語の色んな言葉を教えてくれる:川、鳥、馬、山、水...。僕が繰り 返したら皆喜ぶ。10分話して、次に彼らは川に泳ぎに行ってしまう。川と村の周りでいつも動いている人がいる。牛に水を飲ませに川にやって来るお年寄り、 川底の草を取っている女性達、山刀を持って畑に行っている男性、犬を連れて馬に乗っている男性、Etc... ほとんど皆裸足だ。

昨日一緒に話した少年は馬に乗ってやって来る:
「どこに行きますか?」と僕が聞くと、
「今日家に帰りますよ」と彼。
「家はどこですか?」
「山の方です。ここから馬で3時間ぐらいかかります」


河岸で村の人々と一緒に何時間過ごしても楽しい。村人たちの間に溶け込んでいる。その時僕は考えた。この同じ地球に住んでいる人々はそれぞれ違う生活を 送っている。誰が一番幸せかな?先進国の人?職場に1分遅れて着いたら社長に叱られる。財布を忘れてしまったらパンさえ買えない。混んでいる地下鉄で足を 踏まれても「ごめんなさい」という言葉は聞こえない。
反対に発展途上国の人?自分の庭で働いて自然な野菜を食べる。一年中暑いから服はあまり要らない。外で料理を作る時、隣人と話せる。水道代、電気代は要らない。
私の質問に答えるのは簡単ではない。どうだろう?



昨日一緒に話したもう一人の子供に、もう一度会う。彼は12歳ぐらいだと思う。真面目そうで、礼儀正しい子だ。10分ぐらい話して、会話がちょっと静かになった時:
「友達と遊びに行ってもいいですか?」と僕に聞く。
「いいですよ」
「ヴィナカ (フィジー語で:ありがとう)バイバイ!」

びっくりしたよ。中南米、東南アジアで数え切れないほど子供と話したことがある。でも初めて「行ってもいいですか?」と聞かれた。普通は発展途上国の子供 は話していても、突然何も言わないで行ってしまう。今会った子は違う。私は彼の将来が豊かな将来になるように祈っている。


一旦ロッジに帰って、バナナを食べて、ライムジュースを飲んで、リュックサックを取る。ロッジの車は昨夜から故障中だって!だからロッジから村までの15 分は歩かなければならない。だけどロッジの息子さんは馬でリュックサックを村まで持って行ってくれる。暑いから背負わなくてよかった。1時半のバスは1時 20分に出発した!下り坂だから、村に来た時より早い。バ市に着くや否や、ロトカ行きのバスに乗り換える。ロトカに到着してすぐナンディー行きのバスに乗 る。5時ごろに3週間前に泊まったホテルの受付に着く。シャワーを浴びて、すぐにまた現地のバスに乗って、15分でナンディーに着く。え?!お店は閉まる ところだ!6時ちょっと前なのに!結局お土産を買えなかった。




1月9日:8時半ナンディー国際空港に着く。日本人でいっぱいだ!19日間日本人のツーリストと全然会わなかった。一人も!皆どこに行ったかな?やっぱ り、考え方の違いでヨーロッパ人が行く場所と日本人が行く場所は違うんだ!ヨーロッパ人は安くて気軽に未知の人と会える場所に行って、日本人は虫がいない 高級ホテルに行く?

確かに僕は日本人が好きだけど、なぜチェックインの時、日本人の団体グループは個人で旅行をする人より優先されるのか?団体グループは10分でチェックインした。私達は75分かかったよ!個人の旅行者のために一つのチェックイン・カウンターしか開いていなかった!

その結果15分でお土産を買わなあかんかったよ!その後、残りのフィジードルを両替していたら、僕は飛行機に乗った最後の乗客の一人になったよ。汗が出る!私の側に座っている女性は白髪だけどそんなに年を取っていないと思う。
「Good morning!」
「Good morning! How are you?」
ドイツ人だ。フィジーから日本行きの飛行機にドイツ人とフランス人がいるって面白い。フランス人はドイツ人がキライだというイメージがあるけど、僕はそん な事はない。彼女は英語の先生で、クリスマス休みの3週間にフィジーに一人で行ってきた。すぐに仲良くなって何時間も一緒に話した。成田国際空港まで8時 間半のフライトだ。映画が4つあったけど、あまり見なかった。成田空港の税関で新しい友達と別れるが、荷物のところで再び会う。彼女のために荷物カートを 探しに行って来た。ヨーロッパ人は紳士的でしょう!(笑)


じゃあ、今から早く大阪に帰ろう。12月に旅行会社は飛行機が全部いっぱいだと言ったから、予約など取れていない。新幹線で帰ろうと思っていたけど、空港 にいるから、案内所に行ったらなんとかなるかも知れない。JRは京都駅まで1万4千円だ。Japan Airlines と All Nippon Airlines は1万7千円だ。安くないなぁ...でも空席がある!時間的に伊丹空港まで飛んだら、新幹線と比べると家まで4時間ぐらい早く着く。電 車と飛行機の値段はそんなに異ならないから、飛行機にしよう!Star Alliance カードを持っているから ANA カウンターで切符を買う。25分後に離陸時間だから、せっせと搭乗口に行く。ボーディング・パスを見ると「僕の席は2階か?!」

2階の席は国際便だったら、ファーストクラスだよ!嬉しい!豪華で、すごく広くて、4人しか乗っていない:3人のビジネスマンと髭を剃っていない汚い服を 着ている僕だ!フライトアテンダントはしょっちゅう飲み物をサービスしてくれて、4回オレンジジュースを飲んだ。喉がからからだった!

20時45分に家に到着した。フィジーですっごくのんびりしたり、たくさんのバックパッカーに会ったり、素晴らしいビーチで本を読んだり、美味しいフィジー料理を食べたりしたから、素晴らしい冬休みだった。








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